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My Diary

1ページ目に最新〜過去7日分、2ページ目に過去8日〜60日分の日記が記載されます。



  No.4523 ゆきおんな
Date: 2017-05-22 (Mon)
「雪女」は雪の妖怪である。「ユキムスメ」「ユキオナゴ「雪女郎」その他いろいろな呼び名があるらしい。白い装束を身にまとい、男に冷たい息を吹きかけて凍死させるという雪女伝説は室町時代からあったという。主に東北地方に伝わる雪女伝説だが、それ以外の地方にもあるようだ。何故か北海道にはないようである。北海道のさらさらした雪は、雪女に合わないのかもしれない。東北の雪深い地方の、豪雪の中で道に迷った男が、凍死寸前に見る幻想のような気もする。北海道の雪はパウダースノウだから、払えばさらさらと落ちる。妖怪の出る舞台としてはふさわしくないのかもしれない。

(今日の川柳)

☆その顔は誰も知らない雪おんな


  No.4522 ポッポ屋
Date: 2017-05-21 (Sun)
♪汽笛一声新橋をはや我汽車は離れたり愛宕の山に入り残る月を旅路の友として♬この歌は鉄道唱歌として知られる日本一長い歌だ。全6集、374番からなると言われている。もっとも最初は全5集、334番だったらしい。その後1962年に「北海道唱歌」が発見されて、374番になったとか。北海道の部分は♬幌別輪西打ちすぎてはや室蘭に着きにけり♪と言うんだとか。そのJR北海道が今大ピンチ、存続の瀬戸際に立たされている。民営化の際の見通しの甘さに起因しているものと見られるが、どうしたら存続出来るのか、いい知恵がなくて大騒ぎしている。いろいろ議論する前に立派な本社ビルを売りはらって姿勢を示したらどうなのかと思うが、そんな簡単なものでもないのだろう。JR北海道と言えば、事故や不祥事が頻発しており、過去の社長が二人も自殺を疑われる亡くなり方をしているという暗いイメージが付きまとう。蒟蒻問答を繰り返しているうちに、事態はどんどん悪くなって行きそうな気がする。

(今日の川柳)

☆健さんと共にポッポ屋消えていく


  No.4521  失恋・悲恋
Date: 2017-05-20 (Sat)
 失恋の思い出は誰でも一つや二つはあるとしても、悲恋の思い出なんてそうそうあるものではない思う。失恋も当事者の一方にとっては悲恋と言えるかもしれないが、他人から見ればあいつまた失恋しやがったという程度のものだろう。失恋だって、上手く行かなかったから悔しい、悲しい思い出になるのだが、上手くいっていたらどういうことになったのかと考えると、案外失恋してよかったじゃんということになるかもしれない。恋愛と結婚は別物だから、恋愛が上手く行って結婚してみたら、こんなはずじゃなかったと思うことだってあるだろう。失恋当時は、本人は悲劇の主人公になったような気でいるだろうが、あるいは上手く行って結婚した方が悲劇だったと言うことだって、あり得るのだ。映画では紆余曲折あって、最後に主人公が結ばれ、熱い口づけの場面に「Fin」の文字が重なる、つまりハッピーエンドが昔の映画には多かったが、それを見ると「さて、その先もずっと幸せでいられたのかな」などと余計なことをよく考えたものだ。

(今日の川柳)

☆しくじった恋の記憶は忘れない


  No.4520 小僧の神様
Date: 2017-05-19 (Fri)

 志賀直哉の小説に小僧の神様というのがあった。これはかねてから一度は有名な寿司屋の寿司を食べてみたいと念願していた秤屋の小僧さんに、見知らぬ人が寿司を御馳走してくれる話だった。小僧さんは、その御馳走してくれた人を、きっと神様だろうと思うのである。つまりお寿司は商店で働く小僧さんから見れば、手の届かないものだったのだ。今では回転寿司という便利なものがあって、手軽に寿司が食べられる。安いネタを選べば安上がりに寿司を食べられる。ところが孫を連れて行くと、生意気に高いネタばかりを注文する。つまり回って来ないネタ、注文しないと出来ないものばかり頼むのだ。こういう物は、皿の色が違う。そういう色の違う皿ばかり頼む。そうさせてしまったのは、孫に甘い爺ちゃん、婆ちゃんである。我々の責任だから仕方がないのである。何と言っても爺ちゃん、婆ちゃんは孫の神様なのだから。

(今日の川柳)

☆回らない寿司の値段に目が回る


  No.4519 水面下の交渉
Date: 2017-05-18 (Thu)
「根回しやっといてくれ」なんていうことを、昔上司からよく言われたものだ。「根回しちゃんとやったのか」と叱られることもあった。「根回し」は日本のビジネスでは必需品。根回しの得意な寝業師がビジネス社会では重宝がられたものだ。ところが、この重宝な「根回し」が英語にはない。それを言おうとすれば、make necessary preparations to build a consensusみたいな長い言葉になってしまうようだ。つまり「根回し」という単語はないのだ。欧米では根回しみたいな裏技は必要なかったのだろうか。

 国際間の交渉事では「水面下の交渉」ということがよく言われる。トランプ大統領が無敵艦隊(トランプ曰く)を朝鮮半島に向かわせ、武力行使も辞さずと北朝鮮に圧力をかけている。すわ戦争かと我々は色めき立つのだが、どうやら水面下では中国、ロシアなどに働きかけ、出来れば北朝鮮首脳と話し合いをすることにやぶさかではないようだ。というより、武力行使は避けたいのが本音のようだ。「水面下の交渉」、これは「根回し」と違うのか。ビジネス社会だって、根回しはないのかもしれないが、水面下の交渉はあるのではないだろうか。



  No.4518 だらける
Date: 2017-05-17 (Wed)
 この年になっても、まだやりたいことは色々ある。その反面面倒で何もしたくないやという気持もある。この両方の気持があるため、やろうと思ったことが中々実現しないということになるようだ。もう一つ気力が充実していないのだ。どうしてもやらなければならないことがあって、これをやらないと会社を首になるとか、大変な損失を被るとかいう切羽詰まったものがあれば、多分夢中になってやってのけるだろう。今月中にこれを仕上げたら百万円上げると言われたら、きっとそれをやるだろう。だが会社を首になる心配はないし、誰も百万円上げるとは言ってくれない。

 考えてみれば自分の年や体力を思うべきなのだ。若い時に出来たことは勿論出来ないし、70代に出来たことさえ出来なくなっているかもしれない。だからあれこれやろうと思うことが、そもそも無理なのだ。あれこれの中から、「あれ」とか「これ」一つを、それも出来るだけ優しそうなやつを先ずやることから考えるのが現実的だ。というわけで、ちょいとした原稿を先ず片付けることにしたのである。実は時間を切られていることが、昨日ですべて終わったので、何となくだらけている今日なのである。


  No.4517 一年を二十日で暮らす
Date: 2017-05-16 (Tue)
 古川柳に「一年を二十日で暮らすいい男」というのがある。一年を二十日で暮らすとは力士のことだ。昔は年二場所だったらしい。しかも一場所は十日制である。これだと怪我をしてもじっくりと治せる。戦後大相撲が再開されたときもそうだった。年二場所の十日制、しかも屋外興行だったので雨天順延であった。それが世の中の復興と安定によって年四場所になり、やがて年六場所になって落ち着いた。だが六場所では怪我が治る暇がない。やむを得ず怪我が完治しないまま出場する結果力士生命を奪われることになる。怪我を押して出場し、武蔵丸に勝ってファンを感動させた貴乃花は以後七場所連続して休場することになる。今場所の稀勢の里は初日なすすべもなく負けた。終わりまでの出場が懸念される仕上がりだ。要は先場所無理をした怪我が完治していないのだ。大関の照ノ富士も数場所前、足首の怪我を押して千秋楽に出場、その足が未だに治っていない。あの時無理をしなければ、横綱になれる逸材だが、怪我の治り次第だろう。いつみても、膏薬をべたべた貼った力士が多いい。年六場所は矢張り多すぎるのだ。力士の健康管理のためにも、商品価値を高めるためにも、力士が万全な体で本場所に臨めるようにしてほしいものだ。

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