The Bridge to Living Water
Mizuhashi Bible Church
〒939-0526富山県富山市水橋舘町63-12
TEL/FAX (076) 478-2385 e-mail: mizubc@hotmail.co.jp

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  インド短期宣教旅行証
Date: 2005-08-22 (Mon)
インドのジョイシティーに短期宣教に行ってきました。そこはインド北部のある地方都市です。

 今回は、香港から10人、N.Y.から4人と日本から6人の計20人のチームで約2週間行ってきました。この町は、非常に暑い上にすごい湿度で、その上水や食べ物が合わず、みんな下痢になりました。環境、体調共に最悪な中でも、チームは互いに祈り合い、励まし合いました。そして、いつでも冗談を言う事を忘れないで、チームがあったからこそやり切れたって感じです!!
 インドには、まだまだ根強くカースト制が残っていて、現地の宣教師の息子さんがいろいろ教えてくれました。インドにはリキシャという人力車の様な物があり、カーストの低い人は自転車、少し上がるとバイクを運転しているとか、エリアによって住んでいる人の階級が分かるなど、それは目に見えるモノでした。
日本の様に競争社会の中で生きている若者もいれば、物乞いもいて…カルチャーショックでした。根本的に何かおかしい…。町は牛だらけだし…国レベルで、騙されてる〜。
 本当にこの世界には福音が絶対に必要だと思いました。もしも、彼らがイエス様に出会ってカーストの嘘に気付いたら人生変わるし、国も変わる!どこから手を付けていいやらって感じのインド。だけど、そこにいる台湾からの独身女性の長期宣教師さんに何度か言われました。「あきらめないで」と。正直、私は神様に従う厳しさの現実を見て、ちょっとショックを受けてました。
 N.Yから来ていた牧師が、日曜日のメッセージで言いました。「水は、流れる事をやめたら腐る」。もし、あきらめて、変化する事をやめたら??その答えもやはり「腐る」だろう。
 この短期宣教中ずっと「何で今私インドに来たんだろ?」って考えてました。日本に戻った今も全部答えが出た訳じゃないけど、確実な事は、約二週間私はインドに行き、そして、今、日本に居る。極端な話、それが全てかもしれない。もう一度神様に聞いてみようと思う。「何で、今私ここに居るの?」短期宣教中
も神様は、本当にいつも助けてくれた。一歩踏み出すと、神様は絶対に助けてくれた。いつも一緒に働く。一人じゃない、仲間もくれる。日本に帰った今、もう一度そこから始めようと思います。あきらめないで進もう。ここに居る事に既に意味がある!!

                  by長谷川 絢子


  長谷川絢子−証
Date: 2005-05-12 (Thu)
「どうせ生きるなら真剣に生きた方がいいじゃん!」   長谷川絢子

 私が初めてクリスチャンに出会ったのは、19歳の時でした。当時、私は両親の離婚を体験しており、
自分自身も傷ついて、結婚にも絶望していました。就職しても、自分の代わりはいくらでもいるし
「でもしょうがないじゃん」と言って割り切ってあきらめていました。でも、その時出合った遠藤家
(牧師のご家族)は見ていてもいい家族で、とても楽しそうでした。そして、セルに誘われて参加して
「何でこの人たちこんな話してんの〜?」と驚き、でも、何か気になりました。

 ある時「空は空、すべては空」という聖書の言葉を聞いてとても驚きました。それは、自分が感じ
ていたことそのものだったからです。それから聖書に興味を持ち始めました。それから、セルの中で、
ある人が「どうせ生きるなら真剣に生きたほうがいいに決まっている」と言ったのですが、その言葉が
心にグサッときました。そして、私も真剣に生きてみたいと思うようになりました。

 そんなセルがとても好きでしたが、当時、彼氏がいて、長男だったために「クリスチャンになるなら
別れる」と言われていました。本当に大好きだったので、それを押してまで別れる理由はありませんで
した。そして、信じるきっかけというものもなかったので、「きっかけをください。そうしたら信じま
す」と祈っていました。でも、ある夜のこと、本当に突然に私には必要だと思ったのです。実は、
自分の心の中にその「きっかけ」はあって、それに気づいたとき、イエス様を信じますと祈りました。
結局、彼氏とは別れましたが、良くしてもらったことを心から感謝できました。

 それからの私は、まじめに礼拝を守るようになり、いろんなことに熱心になりました。そのうちユース
(中・高校生など青少年のための奉仕)のこともやるようになり、楽しい日々を送るようになりました。
でも、いつしか苦しくなってきて、自己満足のためにやっているんじゃないかと思うようになりました。
自分のためじゃなくて、神様のために生きたい。生きていれば結局大変なことはあるんだから、どうせ
なら神様のために苦労したい。そう思っていた矢先、ゾーエたちが宣教の働きのために富山に行くこと
を聞きました。そして、何をやるのかまだ分からないけど、自分自身にチャレンジしたくてゾーエに一緒
に行っていいか聞きました。そして、ここにいます。

キリストとともに生きる人生は、本当にエキサイティングです☆


  田畠芽依−証
Date: 2005-05-11 (Wed)
「わが恵み汝に足れり」         田畠芽依
 
 神様を信じてクリスチャンになる前の私は、自分自身が嫌いで、どうしたら友達に好かれるかをいつも考えていました。小学校高学年の頃には、みんなから好かれる「いい子」になろうと思って、クラスの一人一人の名前を小さなメモ帳に書いて、それぞれの長所を見つけようと自分なりに頑張っていた時もありました。
 
 しかしそれは逆に、どうしたら人に嫌われないか、という事であって、いつも私の心の中にあったのは「人に嫌われて仲間外れにされるのが怖い」という恐れでした。だから仲間に入っていくために、当時、みんなからいじめられていた私の幼なじみの陰口を、他の女の子達が言っている仲間に入ったりしていました。にもかかわらず、その幼なじみの子の前では、「みんな悪口を言っているけど、私だけは味方だよ」と言って、その友達を裏切り続け、両方にいい顔をしていました。でもその頃、私が本当に心配していたのは、私の幼なじみが私の裏切りを知ったらどれほど傷つくかということではなく、どうやってみんなから好かれる「いい子」になるかということでした。
 
 中学校三年の夏に、高校見学のために水橋駅を利用する日が何日か続きました。夏の蒸し暑い中、電車から降りてくる人たちに何か声をかけながら、小さな冊子を配っている日本人ではなさそうな人たちを「暑いのに大変だなぁ」と思いながら見ていました。何日か続けて彼らを見かけるようになって、その明るく生き生きとした彼らに、英語で話しかけてみたいと思っていました。でも自分から英語で話しかける勇気などなかったので、特に用も無かったのですが、駅の自動販売機の横にあった長いすに座って声をかけてもらうのを待っていました。それが2001年8月2日、私が初めてクリスチャンだという香港から来た人達に出会って、初めて教会に入った日でした。
 
 それから礼拝やセルグループにも出席するようになって、いろんな人と知り合い、少し大人になった気がしました。教会に行くことはすごく楽しかったのですが、セルで「神様はあなたに何をしてくださいましたか?」とか、「神様に感謝していることは具体的に何ですか?」とかいう質問には、いつも決まって「まだ分からない」と答えていました。そんな時に、ヨシュア牧師から「分からないって言う前に、もう少し考えてみたらどうかなぁ」と言われ、もっと神様について自分で考えるようになりました。そしてセルで初めてイエス様を私のキリストとして受け入れる祈りをしました。
 
 高校二年生の春に、その年の夏からドイツに一年行くことが決まって、いよいよ出発する時になって、ある姉妹が「初めて神様と二人だけで歩む時に、神様がいつも守ってくださいますように」と教会の台所で祈ってくれたのがすごく心に残っています。ドイツでは言葉が通じず、周りに日本語の分かる人も一人もいなくて、学校でも三ヶ月経ってもなかなか友達ができず、本当に寂しいと感じることがよくありました。ドイツに来る前、学校の友達から貰った手紙の中に「芽依ちゃんは日本で人気者だから、ドイツに行ってもすぐにたくさん友達ができるよ!」と書いてあるのに、それを読み返すたびに、ドイツではうまくいっていない自分が情けなく、こんなはずしゃなかったのにとか、私は本当はみんなから「好かれるべき」存在なのに・・と思って、友達ができないのを周りのせいにするようになっていました。そして秋の終わりになってやっと、これまで自分がいかに傲慢で自惚れていたかに気づかされました。そのことを本当に神様に感謝しています。そして今まで見えていなかった私自身の心の弱さを知って、それまでずっと感じていた孤独の悲しみは、神様が私を作り変えて世の光としてくださるんだ、という希望に変っていきました。 

 そのときからずっとUコリント12:9〜の「私の恵みはあなたに十分である。というのは、私の力は弱さのうちに完全にあらわれるからである。」という御言葉が私の支えとなっています。これから先、自分の進路を決めていくなかで、いつも神様に祈って、私のいろんな弱さの中でこそ、神様は私に足りない部分を補って完全に働いてくださることを覚えて、「権力によらず、能力によらず」主の霊によって、キリストにある者として、絶えず主の御心を求め、神様と、そしてこの神の家族である教会とこれからも共に歩んでいきたいと思います。神様の恵みによって今私がこの場に立っていることを感謝します。
 
 最後に、水野源三さんという方の詩を一つ紹介します。

 三色スミレ
一、 朝夕の寒き風を耐え忍び
庭先に咲きし三色スミレに
私は新たに思う
主によって救われしことを

二、 道行く人も足を止めてみる
けがれを知らない三色スミレに
  私は新たに思う
  主に愛されていることを

三、 望みに溢れる春のおとずれを
そっと知らせる三色スミレに
私は新たに思う
主に生かされていることを


 怒りに心をとらわれたり、悔い改めても悔い改めても、いつも同じ失敗をおかしてしまうこんな弱い私ですが、どんな小さなことでも、いつも神様の恵みに目を留めて、感謝し、絶えず祈る者でありたいと思います。



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