飫肥藩奨励・戦国時代、戦国武将が伝えた弓術武道「四半的」の世界
■ 飫肥四半的・古流半弓術 関東稽古会 ■
「四半的弓道 関東稽古会」は、九州地方の伝統的弓術武道「四半的」の可能性を追及する現代流派です。
四半的(半弓術)の射法や古流体配の研究、また、剣術居合などを習得する古武道研究会です。




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戦国の世に登場した半弓とは、どのような武器であったのだろうか。九州の闘いの中で、島津勢を悩ませた伊藤方の遊撃隊は、ほとんどが農民出身の射手部隊で編成されていた。いったい彼らは、四百年前、どのような闘い方をしたのであろう。また、なぜ武士でもない農民達が戦場に現れたのだろうのか・・・。



旧飫肥藩奨励の弓術武道

SIHANMATO is the Bushido of traditional Japan. The Kyushu district is the birthplace and is the archery transmitted from the Age of Civil Wars.

四半的(しはんまと)は、九州の宮崎県日南市飫肥(おび)地方(旧飫肥藩城下)に伝わる半弓を用いる武道弓技で、正確には「四半的弓道」といいます。四半的の標的の直径は4寸5分(約13.6cm)、弓矢の長さが4尺5寸(約1.36m)標的までの距離が4間半(約8.2m)と4.5を基準として正座姿勢で矢を射るのが特徴です。四半的は半弓術で16世紀後半から400年余りの歴史を持ち、現在では弓技スポーツとして宮崎県内はもとより、熊本県、鹿児島県にも広まっています。

四半的の競技内容は、4間半の距離で、的を射って当たりを競います。。矢は1本づつ10射して3回、30射の当たり本数で競い、個人戦・団体戦(1チーム5名)があります。長い矢と、座って射つのが大きな特徴で、弓の強さもだれでも引ける、約4〜5kgのカーボンかグラスファイバー製(昔は竹弓)を使用します。武道は、7〜8年稽古を続けてモノになると言いますが、四半的は弓道としての難易度もそれほど高くはありません。弓道で用いる「ゆがけ」が不用ですので、比較的短期間で取り懸けや弦引きを覚えることができるミニ弓道(半弓術)です。年齢、男女の別なく、自分の体力にあった弓具用い、半弓道場で的に向かい、正しい姿勢と平常心、そして
沈着冷静に熟慮する心と、強固な精神力を養います。

四半的の歴史は、戦国時代に九州における島津家と伊東家の領土争いの中、伊東家方の領土の農民達が竹の半弓を持ち、藩主に報いる為に自ら合戦に参加したことに始まっています。そして伊東方の勝利に大きく寄与した功績により、その後も飫肥藩の農民(庶民)達の武道奨励を理由に、本来禁止されていた弓矢を持つことを許されたと伝えられています。現在では日南市の無形民俗文化財に指定され、弓道競技(宮崎県四半的弓道連盟・四半的弓道保存会)としても広く親しまれています。こうした歴史的事実から四半的弓道の発祥地は宮崎県日南市ということになります。そして飫肥(おび)は、九州の小京都とも言われている美しい城下町で今もその面影を残しています。(↑写真・飫肥城大手門)


■伝統的弓術武道「四半的」の可能性を追及する■

古武道について少しお話しをすると,明治以前に各諸藩や各道場で修練が行われた武芸・武技・武術で,弓・馬・槍・剣・薙刀をはじめ,鉄砲・水練・柔術など,身を守り戦う技術を総称して言います。たとえば柔術でいえば,嘉納治五郎が創始した柔道の源流は古来の柔術である起倒流・天神真楊流の流派でした。古武道の衰退と伝承について言えば、明治時代に入り,廃藩置県や廃刀令が施行されたことによります。その結果、幕末の地方の武芸者たちは職を失い,町道場などを開いたり,あるいは警察官などになり不遇な生活感でした。しかし1895年(明治28)に京都・平安神宮内に武徳殿が造営され,ときの富国強兵策とも相入れて武徳会が創設されました。それから古武道もかろうじて伝承される場ができ,演武会が行われるようになりました。また、1935年(昭和10)には財団法人日本古武道振興会が創設されました。古武道の種類としては、杖・手裏剣・鎖鎌・砲・十手・鉄扇・乳切木・吹矢・弓術・馬・剣・居合・柔・槍・捕縄・薙刀・捧などがあります。四半的は、半弓ですので弓術に含まれることになります。

また、武道の精神とは、仁、義、礼、忠、孝、勇、信、を柱とした教えであり、儒教の教えを汲む人生哲学です。仁、即ち、人へのおもいやり。義、即ち、人の行うすじ道。礼、即ち、人への敬い。忠、即ち、人へのまごころ。孝、即ち、親を含め人に尽くす。勇、即ち、挫けない強いこころ。信、即ち、人を欺かず真を尽くす。要するに「人を裏切らず、礼儀正しく、真心を込めて、すじ道を通して生きていきなさい」これが武道の精神支柱になります。

■礼 記 射 義

射は、進退周還必ず礼に中り、内志正しく、外体直くして、然る後に弓矢を持ること審固なり。弓矢を持ること審固にして、然る後に以って中ると言うべし。これ以って徳行を観るべし。射は仁の道なり。射は正しきを己に求む。己正しくして而して後発す。発して中らざるときは、則ち己に勝つ者を怨みず。反ってこれを己に求むるのみ。

■射 法 訓

射法は弓を射ずして骨を射ること最も肝要なり。心を総体の中央に置き、而して弓手三分の二弦を推し、妻手三分の一弓を引き、而して心を納む是れ和合なり。然る後胸の中筋に従い、宜しく左右に分かるる如くこれを離つべし。書に曰く鉄石相剋して火の出ずる事急なり。即ち金体白色、西半月の位なり。


 天満宮道場

■飫肥の四半的弓道と半弓術

本会は、戦国時代から宮崎県日南市の旧飫肥(おび)藩城下に伝わる弓術武道「四半的弓道」(無形民族文化財指定)を弓技として愛好する関東の同好会です。半弓を用いた弓術と居合・剣術を加え、武道という観点で「四半的」の可能性を追求し、独自の射法や形稽古を行う古武道研究会です。基本的に当会の稽古では、競技指向ではなく礼射による弓道作法を学びます。一般的な四半的の射法は、宮崎県四半的弓道連盟が制定している競技規定を「制定形射法」として当会の基準にしていますが、競技射法だけではなく古流(摂津流・甲矢乙矢の一手)の稽古形なども研究しています。例えば、薩摩日置流「腰矢」なども半弓術の中に取り込み、戦場射法として稽古を行なっています。

日置流の「腰矢」とは、射手の前方に敵陣と見立てた的を並べ、射手は交互に矢を射ながら前進していゆく戦場射法だそうです。弓兵の後方にいる指揮者が適切な指示を出す弓隊の集団戦闘の形体になります。弓隊を前後2段に分け前弓が矢を射る間に後弓が箙(えびら)から矢を抜き弓につがえ、次に後弓は矢を放ち終わった隣り合う前弓の前に出て射るのです。こうして前弓、後弓を交互に同じ動作を繰り返しつつひた押しに前進して行き、敵陣近くなると弓隊は敵の矢を避けるために伏せて素早く矢をつがえます。「伏射の形」で敵の眼前に至るまで射続け、最後に槍隊と共に抜刀して本陣に斬り込みます。これは、まさに飫肥城の奪還で伊藤家の弓隊が用いた合戦手法であり、伊藤の戦国武将に組織された強力な兵であったと伝えられています。

現在当会は、本部を東京江戸川区に置き、東京武道館で定例稽古会(年4回)を行ない、支部道場を神奈川県(一時閉鎖)、千葉県などに展開しております。(現在のところ新規会員募集は行なっておりません)また、四半的の公式な団体/協会としては、府中・国立市に「東京都府中市四半的弓道連盟」があり、多くの愛好者を集め、競技大会などが盛況に行われています。さらに、四半的発祥の地、九州においては宮崎県や熊本県などに四半的弓道連盟や保存会があり、各地で大会が催されています。(当会は所属しておりません)


 的まで8.2m 規定

四半的は、屋内・外どこでも稽古ができるミニ弓道(半弓術)です。射位から的までの距離が8m20cm(平成流遠的16.4m・規定外)ほどなので、弓道場がなくても手軽に稽古ができます。また、半弓なので大弓のような腕力を必要としません。お年寄りや女性でも楽に弦を引くことができます。武道弓術なので精神統一にもなり、的の中心を射ったときの気分は最高です。尚、当会は射礼・形稽古が中心ですので、稽古着が必要です。[四半的関東稽古会]の刺繍会名入りの揃いの作務衣(蜂巣織藍染め)もしくは、弓道袴か居合袴・足袋を履くことになります。また、居合・剣術形は小太刀帯刀(制定居合)での稽古になります。 (※基本行射(正座射)については宮崎県四半的弓道連盟の競技教本に準じて射法を定めていますが、連盟の組織と当稽古会とは関連しておりません。  / 平成の古武道研究会)

★天満宮道場: 新春射会(1月) 春季射会 (4月) 七夕射会(7月) 秋季射会(10月) 納射会(12月) 



■E-mail:champ-pierre-issy@ezweb.ne.jp / 平成の古武道研究会 (会員向けのサイトです。)

四半的弓道 関東稽古会 東京本部:江戸川区南篠崎町     古武道研究 天友会にて発足

-SIHANMATO-

Sihanmato=In the Bushido which Nichinan-shi, Miyazaki in Kyushu wears and gets across to a district, it is called kyudo. For a target's diameter, the length of 13.6cm, a bow, and an arrow is [ the distance to 1.36m and a target ] 8.2m. That is, it is the feature to shoot an arrow with a sitting-straight posture on the basis of 4.5. Four half targets will have a little more than 400 years of history from the second half of the 16th century, and a Miyazaki within the prefecture has spread also to Kumamoto Prefecture and Kagoshima Prefecture from the first as a sport of a bow now.

-KYUDO-

Kyudo is Japanese archery. Bow and arrow were tool for hunting and war in old days. Now they are tool for mental and physical training.
Current kyudo has 2 faces. One is as a game. Each player aims at the target and the person who hits most times is winner. The other is as a mental training. It needs not only hitting the target, but also style.
It's not easy to draw the bow every time everywhere in the same way. The target doesn't move. The player use their bow and arrow. But mind changes player's motion. Kyudo is training to exercise self-control.

Yumi -Bow- is made of bamboo, which is about 2 meters and has 7 joints. It is easily affected by heat and damp. The bowstring is made of hemp. Sometimes it break when player aims at target. There is a detailed rule to manage that.

Ya -arrow- is made of bamboo, too. 3 feathers of an arrow is bird's wing.

Mato -target- is made from wood frame and paper printed circle with a diameter of 32 centimeters. The distance between player and target is 28 meters. Mato is buried into earth called "azuchi." It's not problem where the arrow hit in the target. Especially when the game is not decided, the archer needs to hit close to center.



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-四半的弓道・古流半弓術・古武道 関東稽古会-

E-meil champ-pierre-issy@ezweb.ne.jp  







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