前略〜鬼というのは、強大な力を持ったもので、時の体制に組みしないもののことを良い、霜島さんも、桃太郎は、吉備の地方豪族と大和朝廷の話で、自分たちに従わなかったものたちを成敗して、成敗された彼らを鬼、つまり、化け物や異形と呼んで、さげすんだものだという見解を口にし、鬼が出てくる物語では、鬼を倒す側よりも、鬼のほうに感情移入ができるといって、大江の山の鬼退治の話しでも、源頼光の鬼退治で、酒呑童子が、最後の言葉で、「鬼は横道(だましうち)などせぬものを」というセリフを残すところなど、彼らの側に感情移入しやすくする場面があるなどwかたってくれるのですが、佐藤秀治著の「鬼の系譜」では、酒呑童子を倒して、凱旋してくる頼光に民衆は、だれも視線を合わせていないということを指摘し、この鬼退治は、民衆に歓迎されていなかったことを示しているのではないか、という見解があることを披露。 ちなみに、この頼光は、頼朝の先祖であるのだが、鎌倉幕府を開く際に、自分たちの正当性を主張するために、この話を作り上げ、民衆から、朝廷にワイロをわたし、民衆を苦しめていたイメージが強い先祖を英雄に仕立て上げたという見方も存在するわけで、妙に符合するものを感じてしまうのは、私だけでしょうか?
黒いネタ手帳 徒然なるままに響鬼16 2005-09-06 の記載
|