松戸市根本金山神社祭/松戸市根本第八町会「川岸会」・松戸の祭り紹介
◆松戸市根本第八町会 秋祭りの風景◆
松戸金山神社の秋祭り!大神輿と子供神輿で賑わう根本八町会の私設ホームページです。
子供達に引かれる山車、また、子供が担ぐ神輿は「ワッショイ」の元気な掛け声とともに根本町内を廻ります。


概  要  紹  介

■松戸金山神社の秋祭り!■

松戸はもともと、水戸街道の江戸川を渡った宿場/松戸宿、小金宿から始まったようです。松戸地域は、当時未開発の周辺と合併を繰り返し、巨大な地域となりましたが、いわゆる旧松戸地域は現在の松戸市の西端に位置することになりました。明治29年の日本鉄道株式会社海岸線(常磐線)田端〜土浦間開通によって松戸駅が開設され、松戸の商業中心地は駅周辺に移動しましたが、その後の「クルマ社会」への変化に伴う道路網の整備により、結果として、鉄路と河川に挟まれた、狭隘な地域となっています。町場は旧水戸街道沿いで現在の常磐線以東は大半が田畑だったそうです。

当時と現在では区画整理等により、「本町(一丁目)」の北側が「根本」と、「三丁目」と「角町」の南側が「三矢小台」「二十世紀が丘」と町界の変更を行っているため、地図と異なる部分もあります。また、当時の松戸徳川家(現在の「戸定邸」)の敷地を八か町の範疇に加えたのかも不明です。 あくまでも番地による区分けですので、当時の実際の町(神社の氏子町会)とは異なる箇所もあります。「八か町」に関しては、かつて田圃の中の遊郭街だった「平潟」を除き、代わって「上横町」(一丁目と二丁目の境で「納屋川岸」に至る職人衆が多かった街区)を加えるという説がありますが、ここでは明治以降一般的に称される分類を用いました。(8888)

■根本八町会の祭り半纏「川岸会」

根本は、金山神社を中心とした一帯ですが、八町会は松戸駅本町からみれば、旧水街道から坂川の松ノ木橋を渡ったあたりになります。江戸時代の宿場町全盛のころは、平潟と根本は、江戸川運河の港(納谷河岸)になっていて、多くに荷物が陸揚げされたり、船に積み込んだりした場所で、問屋や商家、そして倉庫も多く建ち並び、大変賑わっていました。根本八町会の祭り半纏に「根本川岸」の文字が入っているのもその時代を写しているからだと思います。また、平潟地区にはその昔、大きな遊郭街があり松戸の歓楽街でした。根本は、平潟にも隣接しています。また、松戸駅前の区画整理等で本町方面から移り住んで来た人達も多いようです。
尚、永らく会長として貢献していただきました河合さんの冥福をお祈り申し上げます。現会長に就任されているのは小島さんです。みなさんで応援していきましょう!

(写真:町会役員の山田さんと故河合元会長さんです。)








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